オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を観に行きました

先日新宿で行われたオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を観に行きました。従来のオペラの演出ではなく、より現代風に私たちでもわかるように演出されているのです。最近のオペラはいろいろな試みがされているのですね。すべて登場人物の名前は漢字に当て字されていて、衣装も日本風、歌詞と音楽はそのまま。一昨年も「ファル・スタッフ」を観に行きましたが、こちらは歌舞伎をみているような演出で本当に楽しめました。

ちなみにオペラ「ドン・ジョヴァンニ」とはこんな作品です。

ドン・ジョヴァンニは時空を超えていろいろな時代に現れて女性を求め、戦国時代にドンナ・アンナを誘惑し、現代の原宿で婚約者のいるツェルリーナを誘惑、そして時空を超えて彼を愛するために嫉妬しながらも追いかけるのはエルヴィーラ。ちなみにエルヴィーラの心の部分を後ろでフラメンコ風の踊りで表していましたが、フラメンコはこういう人間の激しい気持ちを上手に見せますね。

オペラは歌舞伎を同じで正装してお行儀よく見物しますが、その内容は人間の喜怒哀楽が描かれていて、でもとてもきれいな音楽と歌にそれが置き換えられていて、そのギャップがとても面白いなあと思います。

最後にドン・ジョヴァンニ前に不動明王(騎士長)が現れ改心を迫りますが、舞台後方の壁に真っ赤な炎、フラメンコダンサーが踊っている・・・途中で見ていくうちに「あれ、これってどこかで観たような気がする・・・」と思っていたら、そうです、あの「オペラ座の怪人」の中に出てくる「ドン・ファンの勝利」というオペラの上演中にファントムとクリスティーヌが歌うオペラ「ドン・ファンの勝利」に出てくる「ポイント・オブ・ノー・リターン」のあのシーン・・・あれに似ているのです。

確かあのシーンもクリスティーヌにファントムが「ラウルを選ぶか、自分とともに地獄に落ちる覚悟があるのか」という、ファントムにとってもクリスティーヌにとっても選択を迫られるような状況だったはず。あの頃読んでいたブログの中に、「この場面はキリスト教精神がよく表されていて・・・」と書いてあるのを読んで、「そんなわけないっしょ」と思ってましたけど、あながち間違いでないかもしれないですね。

・・・さらにその後解説でわかったのことなのですが、この不動明王の現れる場面の音楽はその後の作曲家に影響を与えていて、「オペラ座の怪人」の登場曲にもそれが出ているのだそうです。もしかしたらアンドリュー・ロイド・ウェバーはオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を意識したんだろうなあ、なんて思いました。

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オペラ 「フィガロの結婚」

先日オペラ「フィガロの結婚」を観ました。
モーツアルトのオペラは有名ですが、その中でも1,2を争うこの有名な作品です。

まず、このオペラは3部作のなかのひとつなのです。
「セビリアの理髪師」⇒「フィガロの結婚」⇒「罪ある母」といった構成になっています。
いわば、アルマヴィーヴァ伯爵夫妻の結婚生活の記録のようなもので、フィガロはどちらかと言えば主役というより名脇役のような存在です。伯爵家とは何の関係もなかったフィガロが、リンドーロ(アルマヴィーヴァ伯爵の偽名)のために知恵を使いロジーナ(伯爵夫人)との縁結びをしたのがきっかけで、伯爵家に仕えそして小間使いの娘スザンナと結婚し、いつしか屋敷では夫婦揃ってなくてはならない存在に。。。サリエリといった感じでしょうか。

「フィガロの結婚」では小間使いのスザンナを狙う伯爵、母子ほどの年齢差のありながらロジーナに近づく一方で庭師の同年代の娘の恋人がいるケルビーノ、フィガロと親子の年の差にも関わらず結婚を狙うマルチェリーナ、ロジーナを子供の頃から後見人として育てながらも結婚したいと望んでいたバルトロ・・・

これらの人々がフィガロとスザンナの結婚式当日に、それぞれの思惑の中でお互いに探りあいをして、右往左往する様子がコミカルに描かれている群像劇で、結局は元の鞘に納まり最後は各カップルが幸せなうちに話は終わります。各幕の終わりには必ず全員が舞台に登場して歌を歌って終わるあたりは、観ていてなんだか安心できます。(なぜか新橋演舞場での、藤山寛美さんのお芝居を観に行ったときのことを、毎回思い出してしまってました)

こうしてみるとテレビもない時代に、オペラが大衆文化であったことはよく分かりますね。

それにしても、人間関係複雑ですね・・・女性同士の嫉妬や、男性同士のさや当て。また年齢差も社会的地位のも構うことなく、堂々とお目当ての相手に迫る姿に逆に”世の中何でもありなんだわ~!”という結論まで引っ張り出せそうです。しかし、あの時代ってこんなこと日常茶飯事だったのでしょうか?違いますか?よく分かりません。

全体的に曲は単純なメロディの繰り返しで聞いていて軽かった(良い意味で)。私にとっては部屋のなかでBGMとしてかけて聞きたいような気が致します。

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