堀江貴文「徹底抗戦」

ライブドアの元社長で有名なホリエモンさんの書いた新刊です。

別にライブドアにもホリエモンさんにも興味はありません。なんとなく手にとって読んでみました。

うーん、「良くも悪くも人から誤解されやすい元は普通の九州のお兄ちゃん」というのがこの本を通じてのホリエモンさんの印象です。まあ、私も世渡りがうまくないのでその辺は似ています。

ホリエモンさんは世間に出すぎたために検察やそれに追随したマスコミに叩かれた印象があります。

あの「ライブドア事件」、「参院選出馬」、「ニッポン放送の株式取得」などいろいろなことをホリエモンさんからの視点で書かれています。最初の頃は会計基準が云々とか読みにくさを感じましたが、裁判や国策捜査について、拘置所での生活やマスコミ報道について非常に分かりやすく書いてあります。ご本人は拘置所にいるまで雑誌や漫画しか読んでいなかったと書いていますが、ブログを読んでいても思うのですが、普段からよく勉強してきちんと理解している人なんだなあと思いました。

ただ所々突然感情に走りがちな文章になるのですよ。ブログでもそうですけどね。

ここに書かれていることが全て正しいのか分かりません。「ライブドア事件」については粉飾決算ではなく「利益と資産」について要は見解の相違とご本人は書いています。税や会計に詳しい方ならどの程度のミスなのか分かるのかもしれないですが、あれだけ知識もあり会社も経営している人が、自覚もなく誤って記載してしまうものなのかな?。。。この本も面白かったですが、言い分はいろいろあるようでブログも一緒に合わせて読んだ方がいいのかもしれませんね。


 

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遠藤周作「沈黙」

少し前に私の周りで話題になった小説。「文字通りホントに沈黙するよ・・・」の言葉どおりに本当に「沈黙」しました。数ヶ月前の「愛の続き」「贖罪」どころの比ではないです。

話の舞台は江戸時代にまでさかのぼり、島原の乱以降宗教弾圧の続く長崎の地で誰からも尊敬されたフェレイラが「転んだ」という情報を聞いた3人のポルトガル人司祭が真偽を確かめるべく日本に潜入を試みるところから話は始まります。

私がある時キリスト教徒やイスラム教に改宗することを国策によって決められ、従わない場合には拷問にかけられるとなったらどうするのだろうか???そこまで行かなくてもある日突然名前を強制的に中国人名や西洋風の名前を与えられ今までの名前を捨てるよう強制されたならどうするだろうか???と考えてしまいました。

神はいるのかいないのか?という誰もが一度は抱く疑問を、あまりにも惨い拷問を前に司祭でありながら何もなす事の出来ないロドリコもとうとう持たざるを得なくなり、ついには信徒を助けるべく踏み絵を前にして「転ぶ」か「転ばないか」の選択を迫られます。

この小説には、神をひたすら信じ続ける司祭、キリシタンであるため拷問にかけられる農民、何度も「転び」ながらもキリシタンであり続ける男、元キリシタンでありながら恐ろしい拷問を考えだした奉行、「足を少し乗せるだけでいいんだ。誰もこれ以上のことはしたくないから」と言う仏教徒の役人、「転んだ」自分をなんとか正当化しようとする元司祭などが登場しますが、そもそも神とは何かと問われれば、苦しい状況に置かれた自分を癒やす存在であり、またその教えとはいかなるときにでも自分を幸せに出来るものであり、彼らはそこから自分が最善と思えるものを選択していったのです。結果的にこの中の誰が正しくて誰が間違っているなんてないような気がしました。

・・・というわけで、このあたりで気分転換に「奥さまは魔女」シリーズのDVDでも観て気分転換を図ろうと思いますtv

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アーヴィング・ウォーレス「イエスの古文書」

以前の日記でもアーヴィング・ウォーレスについて書かせていただきましたが、このたびは「イエスの古文書」を初めて読んでみました。私が読んでいたころも彼の作品ではこれは古いもの(1970年代)だったのですが、あれから更に10年以上は余裕で経っていますからね、もう古さもどんだけですかあ~って極地です(笑)

「イエス・キリストはゴルゴダの丘で磔にされ亡くなった後も実存して布教活動をしていた」という驚くべき内容を記したイエスの弟ヤコブによる福音書がイタリアで発見!第二の聖書として世界中のキリスト教信者に発刊するという大プロジェクトの陰にある意外な事実をつかんだ宣伝広告会社社長と出版を強行しようとする関係者との間で起こる事件について書かれています。

話の中に出てくる言葉遣いや交通手段、通信手段についての記述はやはり時代がかっているものの、それ以外の古臭さは感じられずにアメリカからオランダ、イタリア、フランスと各国に渡って、次々登場する人物を全員うまく絡めながらテンポよく物語は展開しています。。。そして第二の聖書は発刊されるのか???

物語の後半がいろいろと詰め込み過ぎの印象がありますがなんとなくイメージの湧きやすい小説だなあと思いました。

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イアン・マキューアン「贖罪」

ついに図書館で借りたイアン・マキューアン作品の私にとって3冊目になります!


すでに映画では「つぐない」という作品名で公開されました。第二次世界大戦近づきつつある中で、妹の空想が過ぎるゆえの嘘により運命を翻弄された姉と、幼なじみでもあり使用人の息子であり恋人であるロビーの物語です。作品はブライオニーの視点で書かれた運命の一日と、無実の罪で投獄され後に兵役についたロビー、そして看護婦となったブライオニー、のちに大作家となったブライオニーの手記という構成になっています。

・・・読み終えて半日くらいは立ち直れなかったというか・・・あまりにも軽くて洗練された「アムステルダム」とは全く対照的で、同じ作家が書いたとは思えないほど構成も内容も重厚です。

amazon.comでは評価が高く作品としてもとても素晴らしいと思うのですが、絵に描いたようなハッピーエンドが好きなので・・・(笑)本当の真相は最後のブライオニーの手記に書かれていますが、あまりにも切ない結末でした。それでも真実を書かねばならないという自責の念にかられたブライオニー。でもこの物語のなかで伏線になっているような、13歳のときに作りながら上演されることなくそのままだった「アラベラの試練」が、64年後に次の世代の子供達により上演されたこのことこそが実は償っているような気がしてなりません。この「贖罪」の終わり方に比べたら「アムステルダム」のなんと軽いことか・・・本当にそう思います。最初は映画が観たいと思っていましたが、今のところは小説止まりにしたいと思います。

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イアン・マキューアン「愛の続き」

うーん、最初はこの小説が好きになれませんでした。

「アムステルダム」とは違い主人公ジョーとその恋人クラリッサ、彼を一方的に想うパリーの不思議な関係。それに至る原因となった気球事故。そこに関わる人々。そして不幸にして亡くなったジョンに疑念を抱く妻ジーン。ここに登場する誰もが自分の立場でしか物事を見ることが出来ず、そこから起きる互い違いのような不幸の積み重ね。


ジョーの孤独感と精神的に追い詰められていく様子など全体的に退廃的で悲観的な雰囲気の中、ジョーの絶望に至るまでの過程がひたすら書かれていて、読んでいた私(MIMIさん)でさえ、ジョーの一挙一動、心の動きも書かれている通りに読んでいるはずなのに、いつの間にか「これってジョーの妄想なのかも・・・」と思っていたこともありました。そしてあることが起きてはっきりと自分の認識とは違う事実を見せつけられたその先に来るものは、いかに自分を肯定するのか、自己弁護するのか・・・それでも相手を責めるのか???よく「第三者の立場に立って」とか「相手の身になって」と言いますが、結局は「相手の立場に周って自分自身の意見を主張する」のかもしれませんね。実際に私もクラリッサと一部同じ意見を持っていましたし、これもやっぱり自分を肯定する気持ちなのです。周囲が決して理解してくれないことに対する苛立ち、焦燥感など、決して小説の話だけではないような気がします。


それでも最後まで救いようのない気がしたこの作品の(物語部分の)本当に最後に分かった意外な事実が、今までの暗澹とした気持ちを消して一気に楽になりました。このマキューアンさんという作家はブッカー賞という作品を「アムステルダム」でお取りになったらしいですが、実際はこの受賞を逃した「愛の続き」のほうが本命だったとも言われているようです。どちらを好むのかは好き好きにしても、作品の好き嫌いがはっきりと分かれそうな気がします。

しかし2冊目ですが・・・彼の作品が気に入ったわけでもなく、ファンになったわけでもなく、あくまでも「贖罪」を読みたいが為なんですよ~いつもいつも図書館で貸し出し中なので別の作品を読んでいるに過ぎません。あー、でも「贖罪」ですよ(笑)マキューアンさんはこの手の作風が好きなのかもしれません。ちなみに、表紙の後ろに顔写真が載っていますが確かに「ああ、こういう小説書きそう~」って納得できるお顔立ちです。

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イアン・マキューアン「アムステルダム」

人間の誰もがもつ善と悪の部分をたくみに書いた作品。社会的に成功した人間の欲について書かれています。

この作品の中に登場するモリーは一切言葉を発することなく動くこともありません。しかしここに登場する男性達の心の中にいつもある存在であり、だからこそお互いにモリーをめぐって嫉妬しながらも、社会的には表面上は善人の顔を使い分けています。
だからといって人間関係がドロドロするわけでもなく、生活感のある物語でもない、時代が20年以上前の時代背景の割りに古臭さがあるわけでもない、解説にもあるように洗練された文章でさらりと書かれています。

このモリーという女性。レストラン批評を書き、園芸家でありファッショナブルでマルチな才能を発揮した時代を先行く女性。後の大作曲家となる男性、将来の首相と見込まれている政治家、社会派と言われる雑誌の編集長、そして大会社の社長の夫と彼女の男性遍歴は・・・こちらのモリーのほうが余程興味があります。

しかしイギリスが舞台のこの作品、なぜに「アムステルダム」なのか???最後の最後になってこの謎は明かされます。

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佐藤愛子「私の遺言」

いつか読もうと思いながらずっと読むことなく過ごしていましたがとうとう手にとって読むことが出来ました。

大作家の佐藤愛子さん(愛子センセイ)の経験した30年に及ぶ霊体験が、いつものユーモア溢れる文章は影を潜めて淡々と書かれています。愛子センセイのエッセイは10代の頃から読んでいたので、娘の響子さんとの面白おかしい掛け合いはもちろんのこと、「美輪明宏さんに前世を見てもらった」ことや、「頭痛持ち」であること、「ラップ音が部屋の中で起こる霊体験」を経験していること等はすでに知っているものの、今回のこの本によりそれらが具体的に「その裏では実はこういうことがあったんだ・・・」とおどろきです。

「北海道の山荘の異常現象にやがて私は慣れた。ラップ音は消えたわけではないが、ひと頃の騒々しさはなくなっている。何よりも私は気にしない暮らし方に慣れたのだ。」


・・・さすがです。怖がるだけではなく共存することを半ば覚悟を決めた、半分自棄になっているいつもの愛子センセイらしさが伺えます。


若き日の「オーラの泉」でおなじみの江原さんや美輪明宏さん、目に見えない世界を扱う「そちらの世界」の方々による霊視や祈祷、招霊なども書かれています(ただ私はその辺りの方々に詳しくないのです)。後半になるにつれて今の日本人に足りないもの、そこからそれを「浄化」していくことが大事と定義されていまして、最近の少年犯罪から家族のあり方まで霊的な観点で述べられています。そのあたりは人によってかなり好き嫌いが分かれると思いますが、私個人の考えでは目に見えない世界からでも、目に見える現実的な世界においても、「道徳心の欠如」や「感謝の不足」から来ているもので、「霊能者の見る角度によって霊視が違う」のと同じ程度のことなのではないかと思っています。

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調味料は割合で・・・

最近和食の料理を食べるようになりました。

きっかけは京都のバニラブさんのおじいちゃん、おばあちゃん宅に泊めて頂いた時に、そこで出された美味しいお料理と普段私が食べない料理の取り合わせに新鮮さを感じ、東京に戻ってからと言うもの和食を食べるようになりました。


ところが私は和食の料理本を持っていないのです・・・正確に言えば今年前半の怒涛のお掃除ですべて処分してしまったのです。人からはフランス料理を作るくらいだから和食も作るように思われていますが、実は結構作ったことのない基本的な和食のお料理はたくさんあるのです。


なので日曜日お昼の番組の「噂の東京マガジン」のトライ娘は笑えません、ホントです(笑)


そこで買ってみたのがこの京都「菊乃井」の三代目のご主人が書いた本です。お料理のレシピはあるものの、これすべて調味料を割合で表示されているのです。なのでそれさえ頭に入れておけば、料理の材料が多くなっても少なくなっても臨機応変に分量を変えることができますよね?こういう表記の仕方ってとても簡単なことですが、ものすごく奥深いことだと思います(そこまで言うか・・・・???)

たしかにフランス料理のサラダソースの作り方は、私も割合で覚えているので作る量にあわせて、スプーンの大きさを変えてサラダソースの調味料を合わせています。タルトなどの生地もそうです。単細胞の私にはこのほうが理に適っているのかもしれません。


そこでさっそく「豚肉の生姜焼き」と「そうめんつゆ」を作ってみました。市販の味に慣れてしまうと薄味に感じますが、これはこれであっさりとしていて美味しいです。

あと、これも大事なポイントですがこの一冊の本のなかには、そうたくさんの料理が掲載されているわけではないので、買いっぱなしで見てるだけ~作ったことないものばかり~なんてこともなさそうです(笑)これ全て割合を覚えたらお台所にある調味料も随分と少なくなるんだろうなあ~と思います。

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ANGEL OF MUSIC: The Tales of Phantom of The Opera

今回読んだのはAngel Of Music。あの「オペラ座の怪人」のファンフィク本です。3部作になっていますが、今回は一番最初のお話しLITTLE LOTTEを読みました。

オペラ座の怪人の小説を読んだ、または映画、ミュージカルを観た方はご存知のクリスティーヌのパパが「音楽の天使が云々」をラウルとクリスティーヌに話したあのお話です。

なので、音楽の天使のお話とは?と聞かれ「お心の良い子には音楽の天使がある日やってきて、その子にお歌が上手に歌えるようにしてくれるのよ」とは言えても詳しいことは分からない、じゃあいつやって来るの?その天使さんはどこにいるの?どんなお姿をしているの?とつっこまれたら答えられせんよね。

それにミュージカルをご覧になった方は、クリスティーヌの台詞で「可愛いロッテが・・♪」と出てきて、「え?なんでロッテ?ロッテって誰?」と思われたかと思います(私がそうでした)。

これらの謎がこれを読めば「なるほど・・・」と分かります。

子供に夢いっぱいの話をするのかと思いきや・・・主役のロッテはいろいろと修行させられるし・・・確かにいきなり声が聞こえてきたら私だってびっくりしますよ。。。最後はえーーっ!こんな終わり???でも、これで良いんです。「ヘンゼルとグレーテル」とか「シンデレラ」のオリジナルの話を思い出せばこれもありなのかと思いました。

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奥さまは魔女 Bewitched

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「奥さまは魔女」の再放送はシーズン3からされていることが多いので、私も始まりのころはドラマの中での回想シーン以外では、シーズン1のDVDを観るまであまりよく知りませんでした。

今回読んだのはそのシーズン1のサマンサとダーリンが知り合ってから新婚生活までを描いた物語です。


実は40年前に出版されたものだそうです。サマンサとダーリンが知り合い結婚して家庭の形を作り上げていく様子、サマンサが張り切って一生懸命に家事に奮闘したり、ご近所づきあいにいそしんだりと人間の生活は今も昔も変わりませんね。


今回エンドラを含むサマンサの親戚達とダーリンが、折り合いを上手くつけていこうと協力し合うなんてはじめて見ましたし、またここにはドラマには登場しない人物も描かれていて「えっ、そんなことだったの?!!」ということが・・テレビと同じ品行方正な夫婦のサマンサとダーリンであり、善人ばかりの他の登場人物が前面に出ていますが、時折出てくるきわどい表現もあるお話の展開、登場人物の心理描写からもこれは男女の物語と思いました。おそらく日本人が同じようにノベライズしたら、このような話にはならないでしょうね。例えて言うなら「Shall we danse?」の日本とハリウッド版での違いみたいな…そういう面からも日本とアメリカの文化の違いを垣間見ることが出来ますし、このドラマを知らない、観たことない方でも違和感なくさらっと読める本と思います。

「奥さまは魔女」なんとNHKで放送中!

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ダ・ヴィンチ・コード

今大いに話題のこの作品、オレンジさんからの好意でお借りして読みました。

もうたくさんの方が読まれているので、今更どうこうとあらすじを書きませんが、最初からテンポよく話は進みます。そして、中盤以降明らかにされる意外な事実と複雑な人間関係。

うーん、ただこんなに優秀なラングドンとソフィーなのに、上巻の所々はあまりにもお粗末。主人公たちの専門知識以外での状況判断能力の甘さと、作者のご都合主義があちらこちらに見受けられました。もっと上手い話の展開が考えられなかったのかと思わずにはいられません。

それでも中、下巻あたりから話が一転二転して意外な事実が明るみになって・・・物語は佳境へ!

でも、話としてはキリスト教にまつわるこんな事実も意外性をつく上では面白いだろうし、話は全く違いますが日本でも「源義経=チンギス・ハーン」伝説のように、無意識にこうであったら。。。というものありますよね?いつの時代でもこういった話はつきものなのかもしれません。この作品をシオン修道会の存在からして、ある程度事実としてとらえるのか、またパラレルワールドとして受け入れるのか、それによってもこの本の感想は変わるのでしょうね。

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アーヴィング・ウォーレス

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アーヴィング・ウォーレスという作家がいます。
今年この方の「イエスの古文書」(旧「新聖書」発行作戦)が復刊されました。「ダ・ヴィンチコード」のあやかりものと軽口を叩かれていますが、こちらの作品は30年以上も前に出版されています。

この方の作品は何冊か読んでいます。

近い将来こんなことが起きるであろうと言うことを題材にして小説を書いた作家です。「書いた」と過去形になっているのは、すでにお亡くなりになっているからなのです(合掌)

今ではもう耳にする「ストーカー」の存在も(ファンクラブ誘拐事件)、マスコミの「やらせ」に関しても(オールマイティ)、大統領の不倫がマスコミに記事にされたり(大統領の情事)。。。小説の題材のためにたくさんのスタッフが資料を集める様子は、「ウォーレス工房」とも呼ばれていたようです。

ただ、このお方の小説って、分厚い本のうえに上、中、下巻は当たり前の長編が多く、短編小説をさくさく読むのが好きな方にはお奨めできません。また前半から中盤はまったりと進み後半に向けて面白くなるんですよ。なので、最初の頃だけ読んで読むのを止めてはいけません。

個人的には「オールマイティ」が一番好きです。マスコミの記事の捏造について書いていますが、今どきのせこい方法ではなく、もっともっと大掛かりで大胆な手段を使っています。NYのテロの事件を知ったときになぜかこの作品の後半を思い出してしまいました。

学生の頃にこつこつと読んでいたため、読んだ作品の内容を一部覚えていなかったりしていますが、個人的にはもっといろいろと作品を復刊して欲しいです。今読んでもそんなに古臭さは感じないのではないでしょうか?

・・・と思ったらこれも復刊!

たぶんこの本の復刊だろうな???と心当たりはあるのですが、先程も書いたように読んだ時期がかなり前なのであまり内容についてコメントできません。そういった意味でもこれからも復刊がされることを期待しますね。

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「透明人間の告白」

この本を紹介してくださった「らいむさん」にTBしています(らいむさんのブログもご覧下さい!私のお友達関係から入れますよ)

H・F・セイントの書いたこの小説は、創立30周年の「本の雑誌」が選んだ30年間のお奨め本の第1位に選ばれています。

主人公ニックがたまたま訪れた、ある研究機関で起きた事故に巻き込まれてしまい透明人間となってしまいます。透明人間の存在に気づいた政府系の情報機関は、彼の存在を利用しようとニックを捕まえるためにニューヨーク中を捜査し、ニックはそうはさせないとニューヨーク中を逃げ回ります。はたして、彼は無事に逃げ切れるのか?そして普通の人間に戻れるのか?

透明人間になれば何でも好き放題に出来るのかと想像してしまいがちですが、そんな都合よくはならないみたいですね。身体が透明になり色調は消えても、量感は残ってしまっています。このあたりは、作家の構想に依ってしまいますが・・・食事をすれば食べ物の消化の様子が分かってしまう、雨に濡れれば空中に不自然な形で水滴が浮かんでいる、絨毯の上を歩けば繊維の沈む様子が目についてしまう・・・そのため、ニックは普通の人間から見て不自然な形跡が残らないように、社会の中で生活していきます。

証券アナリストってアメリカではこういうイメージで見られてるのね、と意外な発見もありました。

話のテンポは小気味よく進み、ニックもいつしか透明人間として上手く立ち回りしていく様子がコミカルに描かれています。最後は、「ああ~こうなるのね。ふーん。。。」という私の中では少々物足りない読後感はありますが、それでも非日常生活とかけ離れた誰もが一度は夢見る世界の話としては面白いと思います。

それにしても目に見えないけれど、触ると質感があるってどんな感じなんでしょうね?いろいろと想像しましたけどやっぱり不思議です・・・

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オペラ座の怪人にはまっています NO.3

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それは「ファントム」といい、スーザン・ケイという女流作家が書いた作品です。

これは「オペラ座の怪人」であるエリックの半生を書いたもので、母親譲りの音楽への才能と父親からの建築に対する才能に恵まれながらも、産まれたときから容貌の醜さに母親にさえ憎まれ周囲からも疎まれ、半ば逃げるように家を捨て、見世物になったり、あるときは建築見習い、または世界的な奇術師としてヨーロッパやアジアの各国を転々とし生きていきます。そしてフランスに戻り母親との悲しい別れの後オペラ座の建築に携わり、その中から密かに見出した地下生活、そしてクリスティーヌとの出会いと上下巻に渡って展開されていきます。

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これはルルーの「オペラ座の怪人」同様に、彼の近しい人たちにより、またはエリック本人からの証言により話が進められます。これを読むといかに彼が様々な分野に精通していたのか、そして周囲との軋轢に悩まされたか、そして弱い立場のものに注がれる愛情の深さが痛いほど分かります。

ただ途中エリックにやってくる様々な試練、特に10代の多感な時期に・・・
何もそこまで・・・と思ってしまうのは私だけでしょうか?
恐るべし女流作家の想像力!?
読みながらふと「女流作家と女流漫画家は、作品を発表する媒体が違うだけ」という結論に達しました。
痛々しいので上巻はあまり読みたくないですね。

下巻ではクリスティーヌに出会い彼の人生も変わります。このエリックとクリスティーヌのフーガの章のなかで、クリスティーヌは日記の形で彼女の気持ちを語っていますが、読んでいるこっちが恥ずかしくなるような、所々甘い甘~いハーレクイン状態になりかけたりしています。この章では一見するとエリックもようやく人並みの幸せを掴みかけたのかと思われますが(実際そうです)、イタリアでまだ10代の頃に建築見習いとして住み込みで働いていた短い期間が、本当は彼にとって心安らぐときだったのかもしれません。

この「ファントム」にはエリックの生まれながらの美意識の高さが良く表されているものが出てきます。エリックが20年かけて書きあげたオペラ「勝ち誇ったドン・ジョヴァンニ」は全編通して聞いて見たいし、クリスティーヌ専用のピンクの大理石で出来た贅沢なバスタブ、そしてクリスティーヌぴったりのサイズの「しかるべき人が作ったに違いない」ウェディングドレス。かつてペルシャの王族の持ちものであった宝石で飾られた猫の首輪。どれも見てみたいですね。

それにしてもラウルですが、ここでも最後の最後でとんでもない不幸が・・・お金持ちでハンサムで好青年が幸せになるとは限りませんね。性格も多少の「アク」があり、更にそこに加わる「才能」という二文字の影響力は大きいのです。

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オペラ座の怪人にはまっています No2

「オペラ座の怪人」の世界に入り込んでしまい、前回書いたようにガストン・ルルーの原作を読みました。

ミュージカルの「オペラ座の怪人」を見た後だったので、所々関連付けながら読み進んでいったので…かなり昔の作品って読みづらかったりしますよね、夏目漱石とか森鴎外とか…それがある程度ミュージカルで情報が入った後なのですんなりと読めてしまいました。多分最初に小説から始めたら進みが遅かったような気がします。

これは、エリック(怪人の本名ね)とクリスティーヌの物話が、二人の近しい人たちの証言によって展開していきます。小説では人間離れの奇抜な行動から、かなり正体不明で人間とは見なされないエリックですが、安住の地を求めたオペラ座の地下でのエリックの生活は、一方では美を追求した数々の調度品に囲まれながらも、一方では天性のものとも言えるトリックを駆使した、誰をも寄せ付けようとしない罠のようなものを張り巡らせたりと異なる二つの顔を持ち合わせているのです。

物語の最後の部分でエリックがクリスティーヌに「私も普通の生活がしたい」と言い結婚を迫る場面がありますが、このあたりから、ようやくエリックが一人の人間として現れてきたのかな。もともとエリック本人の証言はこの物語の中にはないから。ただクリスティーヌに歪んだ愛情を持っているだけではなかったのですね…これはかなり私のなかで引っ張っていました。

クリスティーヌの恋人のラウルですが、ミュージカルのなかでの性格よりも、貴族出身の末っ子のせいなのかかなり甘ったれですね。物語後半でオペラ座の地下深く、謎のペルシャ人と一緒にクリスティーヌを助けに行きます。この箇所はエリック、クリスティーヌ、謎のペルシャ人、ラウルの狭い地下でのそれぞれの心理状況が表されていて、そんな緊迫した状況の中から、クリスティーヌはエリックを許し彼の気持ちを受け入れ、またエリックも彼女の気持ちを理解して、自由にしてあげることでクリスティーヌへの本当の愛情を示します。お互いそれぞれが心の成長をしますが、彼だけはずーっとそのままでしたね。そのあたりがミュージカルで描かれている勇敢なラウルとは違いました。

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